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2010/02/21.Sun

精進料理のゆうべ

文化のココロ~「日本文化と仏教」について語れますか~
by街オリ

祖父母をはじめ、私の親族は寺院関係者ばかりで、普通の家庭よりも大分、仏教のことは日常的に慣れ親しんで育ったはずなのだが、いかんせん浄土真宗ゆえ、戒律に関してはとっても甘い。タブーがほとんどなくて、完全に普通の生活。肉だって酒だってアリアリだし、蚊も叩けばゴキブリも殺す。
ゆえに、きちんとした精進料理というのも、これまで食べたことがなかった。

寒い寒い夜、妹と連れ立って浅草の緑泉寺をたずねる。
都会のど真ん中の、近代建築のお寺、懐かしいような、新鮮なような不思議な気持ち。
凍るようにつめたい空気といい、しーんとした静寂の心地よい本堂といい、なんだか大晦日みたい。

曹洞宗の現役のお坊さんがアテンドしてくれる。
若くて、イケメンな僧侶のキビキビした所作と、よく通るエエ声にドギマギ!
あーもーよりによって今日は仏教のセミナーだというのに、まるで煩悩出まくりの私。
しれっとすました顔をしていたが、内心、知らずと色目使いになってないか、冷や冷やものだった。。。



説明によると、曹洞宗では生活のすべてが修行ということで、食事も例外ではないらしく、よって楽しいおしゃべりどころか、私語は一切厳禁。
「おかわり」「ごちそうさま」などには、それぞれ決まった作法があり、食事中の意思疎通はこれらを用いて行われる。
この日供された食事内容は、典型的な「修行僧メニュー」(といっても日常用ではなく、器も美しく、これはかなり豪華版の内容らしい)で、会食スタイルもこのルールのっとって進行したため、サーブが始まると、すっかり会場は無言に。
こうした食事は、私にとって、ほぼ生まれて初めての体験となった。

DVC00087.jpg
白粥、炊き寄せ、田楽、白和え、こんにゃくと大根の煮しめ、沢庵、菜花のおひたし、あたり白ごま


料理が並べられても、「おいしそ~!」とかも言えないし、なんだかモジモジしてしまう。
普段、いかに他愛のないおしゃべりはもちろん、食べ物についても、「これ、なにかね?」とか、なんやかやと話しているんだなぁ、と気づかされた。そもそも、無駄口が多いのか^^;
ああ~~~しゃべりたい! でもしゃべれない!

すると、いつしか自然に、自分ひとりの頭の中で会話が始まった。
それは、すごく新鮮な感覚だった。
「自分と向き合う」という感覚を、あれほど直球で感じたことはないと思う。
じっと、卓上の料理を見つめる。
「めちゃおいしそうだね」「これ何やろね?」「ダシきいてそうじゃない?」「おかゆ嫌だー、ぴっかぴかの銀シャリで食べたかった!」「こっちの皿は、どっかの料亭か旅館で見たことあるかも」「これで全部だったら、足りなくない?」etc.、etc.。。。
普段、深く気にも留めずに思い浮かんだまま口にしているような内容が、次々と頭の中で呼応する。
穴が開くほど料理を見つめ、いろんなことを思い、ものすごく、神経が集中した。
そしていよいよ、白粥を一口。

なにこれ。
頭の中に稲妻が走ったような、ものすごい衝撃があった。
ばばばっと、電流が流れ、いくつかの脳神経がつながったような感じ。
ただのおかゆが、なぜこんなにおいしいの!?
想像してた「白粥」じゃない!
なんか、味がついてる!!
でも、具体的に何の味なのか全然わからない。塩気はわかるけど、それ以外にも、なにか味がある。
だし? でも、慣れ親しんだかつおや昆布のだし味とも全然違う。
なにか、、、ともすれば、雑とも思えるような、力強さと、不思議なまろみ。
なんだこれー!?

また、沢庵についても、これまた口にする前にイメージしていたものとは全然別物。これまでに食べたことのない、不思議な味がした。
曹洞宗のお寺で、修行僧が漬けている、まさにそのものを分けてもらってきたんだそうだ。
うーん、漬物好きなんだけど、さほどこだわりもなく、いつもスーパーで売ってるような、フツーの沢庵ばかり食べてるからなー。あれって、実はすっごく単純な味だったんだなーと、比較してしみじみ思った。
甘くて、すぐに「これは○○」とわかるような香りがはっきりして、おこちゃま味!って感じ。
もちろんそれはそれでおいしいし、食べなれた味なんだけど。。。

一言も口をきかないから、「なんだろう?」と思っても、自分で口に入れるまでわからない。
それに、こうやっておかゆや沢庵みたいに、自分のイメージと全然違う味が口に入ってきても、それを「へー!」とか言えないから、その分いつまでもすっごく味わってしまえる。
基本的には私は食事は修行ではなく、楽しく食べる方が絶対いいけど、こういう体験はやってみないとわかることではないので、すごくいい経験をしたー!と思った。

ちなみに、後から聞いたところによると、このおかゆは、大豆ダシ、しいたけダシなど、複数の野菜の出し汁で炊いているものなんだってー。
だ、大豆ダシ?とびっくりして(聞いたこともないわ!)、ひつこく作り方を聞いてしまった。
大豆を乾煎りしてから、それをさらに煮出して作るんだって。へぇぇ



そして、その後は第二部ということでおしゃべりも解禁になり、現代風アレンジの精進料理が出てきた。

DVC00088.jpg   DVC00089.jpg   DVC00090.jpg
ミネストローネ、野菜サラダのハーブドレッシング。デザートは豆乳のババロアと黒豆のコケモモソース煮。


これも驚き。どれも、「精進料理」と聞いて、イメージする料理とはかけ離れている!
一部二部通して、全体的に味については、薄味なのに、決してマイルドではない、という感じがした。野性的というか?? 個性がハッキリしているということなのかなー。
さらに、「さぐらないとわからない味」といえる。
ぱくっと食べて、すぐに「○○!」という単純な味ではないし、また食べ慣れてもいない味だから、口に入れてからしばらくの間「・・・?」という感じで、味覚のニューロンがつながるのに時間がかかるような。。。
でも、その味覚の冒険みたいのんが、すごいおもしろかった。



この日の案内人を務めてくれたお寺さんは、料理を作ってくれたお寺さん共々、普段は現役のお坊さんであり、「虚空山彼岸寺」という会のメンバー。
この彼岸寺というのは、「仏教」や「お寺」という文化について考え、よりよくしていったり、広めたり、、、ということを目的として、派閥を超えたお坊さんたちが集まり、運営しているもので、今回の精進料理セミナー以外にも、「暗闇ごはん」など、実におもしろい企画をたくさんやっていて、以前から一度のぞいてみたかったのだ。
(この「暗闇ごはん」はホントに人気があって、何年も追っかけてるんだけど、全然予約が取れないの~! 聞いたら、いつも、予約受付開始して、数分で埋まってしまうらしい。そりゃ取れないわけだわ。。。)


やらなくてはいけない「仕事」とは別に、こうやって自分がやりたいと思ったことをやることは、本当にスバラシイ!と思う。
私は、自分もそうしたいし、やってる人のことは本当に嬉しくて、(自分とは無関係な人でも)、もう、やみくもに応援したくなるんだよねー。
「やりたいことをやる」というのは、意外と簡単なことではない。
単なるわがままということではなくて、信念(というか、自分に自信というか)がないとできないものだと思う。
だから、誰にやらされるでもなく、自分のこうと決めたことを遂行していく人物というのは、一様に芯があり、頼もしく、好ましくみえるのだ。
なんだか内面から光が出るというか、オーラというか、、、、
人間として、なんともいえない魅力を発する。


そして、こういうのこそが、本当の意味でのvolunteerじゃないかなって思うのだ。
日本で「ボランティア」っていうと、どうも福祉とか、自己犠牲、貢献ってイメージが強い気がして、私
は、ずーっといつも違和感を感じている。
やりたいことをやる(そして、それが人の迷惑にならず、むしろ役に立つ)のが、本当のボランティアだいっ!
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あそぶ・買う・でかける(休日の過ごし方) | Comments(0) | Trackback(0)
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