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2009/07/12.Sun

セントアンナの奇跡

公式サイト

始まる前、チラシを見たら、、、「上映時間163分」の記載。
え、てことは、、、2時間43分!? ほとんど3時間じゃん! やばい、絶対疲れて寝ちゃう、、、と思ったんだけど、、、
全然。
あっという間だった。
時間を感じさせない、圧倒的に深く、濃い~~い作品。
超長尺でも、無駄なカット、だれるシーンなど、ほとんど感じさせられず、
ああ、あの内容を語るのには、163min、確かに必要だ。と思わされた。
ちょっと向き合うのに体力は必要だけど、傑作!

私は、戦争映画は基本的に苦手(必要悪として賞賛するものも、過剰に美しい悲劇にするものも)なんだけど、、、
今回、初めていろいろなことを受け入れて観ることができたかもしれない。

戦場(となった小さな村)が舞台であり、エピソードとしても戦争の悲劇は力いっぱい伝わってくる。
がしかし、この映画の登場人物たちは、皆それぞれが感情のないソルジャーや、是も非もなく、次から次へと奪われっぱなしの一方的な被害者ではない。
誰も彼も皆、等身大のさまざまな思いを抱えていて、力いっぱい今日を生きている。
(まさに文字通り、生き抜いている!)
そこが、いかにも、人間臭い。

戦争映画でキャラクターに諸々感情があるというと、戦争の正義だの是非だののアンビバレンツを描くのがよくあるパターンだけれど、そういうことではない。
例えば、戦争うんぬん以前に、元々抱えている自身のアイデンティティについての苦悩とか、すっごく個人的なことで揺らいでいる。
つまり、極端なことをいえば、舞台が戦場でなくても成り立つようなテーマを、あえて戦場で繰り広げているということだ。
だからこそ、ものすごくそこに「人間」が存在している様が感じられて。
いかに戦争が哀れなものか、という事実が、ビシビシ伝わってきた。


また別の話になるけれど、個人的に舞台背景を無視した言語で描かれる映画は、全部がダメとはいわないけれど、どーうしても違和感がある。字幕上映に慣れているからかなぁ。
アメリカ人は、基本的にアメリカ人が一番優れていると思っている(個人的なことじゃなくて、、、 国としてわが国(&国民)はナンバー1だ、というのが、U.S.シチズンの常識的感覚であるように思える。理屈とかじゃなくて。)からか、ドイツの映画も、チベットの映画も、フランスの映画も、全部英語で作る傾向があるから、毎回映画が始まって、最初のうちはムムッと感じてしまうのだ。

でもこの映画は、ドイツ兵はドイツ語。アメリカ兵は英語。イタリア人はイタリア語、とちゃーんと使い分けて描かれていて、その真摯さにまずははっとさせられた。
そして、言葉の通じないもどかしさにまたリアルを感じてせつなかった。

戦争ってむちゃくちゃだ。
ドイツ人とアメリカ人が、殺し合い。しかも場所はイタリアの片田舎で。なにそれ?
もはやなにが目的なのか、正義なのか、対峙すべき敵は何なのか、自分はどうしたいのか、どこへ向かうのか、、、
そんなすべてが混沌とした中、唯一信じられるもの。
それは、宗教(キリスト教)だけだった。
当時の皆にとって、国・民族を越えて、あまねく普及している共通言語。最後の希望、すがれるよすがだったのだ。

さまざまな人間が、それぞれの言語で、同じお祈りを捧げるのをランダムにつぎはぎしたシーンがあり、胸をつかれるような思いがした。


ああ、こんなにも、ひとは同じなはずなのに。
同じ思いを、願いを抱えているのに。
なのに今、こんなにも、違う立場にいて、わかりあえない言語を用いて、心も体もバラバラに引き裂かれてしまう。
誰も望んでいないのに、哀しみばかりで埋め尽くされた世界へ進むしかないなんて。
なんと不条理で哀しい歴史か。


自分とは切り離した世界のように感じていた「戦争」というものが、ものすごい現実感をもって、せまってくるようだった。
やっぱり戦争って、異常な世界。
関わった人の、こころが壊れる。人間が、崩壊する。
というか、壊れて麻痺させてないと、本能的に耐えられないのかもね。



また、最後はオチがついていたのもマル。
非常にファンタジックなオチではあるけれど、延々何時間も悲劇を観させられ続けた後、最後の最後に残った美しい希望に、こころからほっとさせられた。
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Comment
No title
映画のことはコメントできないけれど。
私にとっても戦争はとっても遠い存在。
だけど7歳年上の夫と結婚してみたら、夫の両親が40歳前の子供なので、親の世代が違う。
そして、その世代は戦争で戦っていたりしたの。
フィリピンで日本軍と戦った叔父は私に話しかけることも顔を見ることもできなかったし、オランダ人の知り合いはインドネシアで日本軍に強制収容されたし。
私は関係ないのに、関係ないはずなのに!!!
戦争はいつまでも遺恨を残したりもするもの。
あんな形で経験したくなかった...
重いコメント、ゴメンね。
Re: 妻さま
アーそういう経験も、また特殊ですねぇ。。。
祖父母世代だと、韓国なんかに対して、ちょっと自分たちとは相容れないような感覚のことを平気で言ったりするので、一瞬ぎょっとするのですが。。。
自分がその対象になってしまうとは。

妻さんたちの結婚にも、そんな過去の話が無意味なハードルになったこともあったかと思うと、ホントいかに戦争の残す傷が深いか、、、と思いますね。しゅん。。。

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